「青い鳥」はどこにいるの?

モーリスメーテルリンクの童話「青い鳥」(1908年作)という物語があります。

チルチルミチルといい2人兄弟が夢の中で幸せの象徴である「青い鳥」と探しにいくが、結局自分たちの幸せは自分の身近なところに存在するということに気づくというストーリー構成になっています。

この物語を思い出すと個人的にいつも考えてしまうことがあります。

今日、病気になると人はその病気を打ち負かしてくれるだろう現代医学の治療や、有名な

民間療法、果ては祈祷師にすがるというという方向につい進んでしまいがちです。

今日、病気になると人はその病気を打ち負かしてくれるだろう現代医学の治療や、有名な民間療法、果ては祈祷師にすがるというという方向につい進んでしまいがちです。

抽象的な表現になってしまいますが、人が病気になる、そして病気から回復するというプロセスを注意深く研究すればするほど、結局はその人の内在する「治癒力の正常な流れ」の健全性を無視することは出来ないと、日ごろ切に感じています。

やはり、「治癒」のキーワードとは「メーテルリンクの青い鳥」の物語と同じように身近な自分の内側に存在するのでは?

全ての治療(手術、薬物療法、心理療法、民間療法、祈祷、カイロプラクティック等)は、結局その患者さんの内在する「治癒力の正常な流れ」にその処置方法が反応した結果に過ぎないと思います。

もしそれを各治療家が「私が治した」と考える事があるとするなら、それはなんとも傲慢な事でしょう

病気(遺伝病などの特殊ケースは除く)からの脱却のかぎとは、自分の内側にあるという事は、健やかな人生を過ごすためにもとても大切な事なのでしょう。

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