未病と病気のはざまをつらつらと

医療機関に行く患者さんは必然的にその疾患を発症した状態で医者のもとにおとづれます。その疾患に対する症状緩和やしかるべき投薬及びオペなどの適切な処置を患者さんにおこなうという事から、医療従事者は「病気の適切な処置」という面にフォーカスすることになります。

良くも悪くも、ある事象の一面に強くフォーカスするという事は、その他の面を無視するという事になります。

この場合、医療従事者はその病気発症を改善する適切な処置という考え方と方法に強くフォーカスするわけで、その疾患が今後起きないようにする方法や処置に対してはどうしても患者さんに対する提言が甘くなるのではないかと思います。

病気発症時の対処方法に、最先端の検査技術や科学的に研究された投薬療法ができるハイレベルの社会的地位がある今日において、その権威と実行力は偉大なものであるとも思います。

病気発症というポイントが作られるには、その病気になる前後が存在すると思います。つまり東洋医学などであらわされる未病という、病気発症というポイントに至るまでの前段階としての未病という状態がそれにあたります。

前にも取り上げたように、車が故障してしまった状態から故障が治るまでの工程が現代の医療機関の得意とする部分でありますが、車が故障する前の対処方法などについては不得意分野になるのではないかと思われます。

このことは何も良い悪いではなくて、医療機関の立場上、その処置自体が病気発症からスタートするという構造になっているのでこれは仕方がない事ではあると思います。

病気発症時の対処方法などは多彩で多くの知性と技術を要するものであることからも、未病の対処や病気再発のケアにまで現実的に手が回りにくいのもその因子の一つなのかもしれませんね。

「私たちは今まで病気となる遺伝子の変異ばかりを探してきました。での本当は病気にならない人が病気にならない理由をもっと研究すべきなのです。」   オックスフォード大学スティーブンドレンド氏

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