前が見えると思った瞬間、後ろには見えないものが存在します。

意識、無意識の話になると心理学者のフロイトの唱えた氷山に例えられることが多いと思います。

氷山の水面上に見える一角はその倍以上の水面下にある氷のほんの1片に過ぎないのだと。

一般的な腰痛を例にとっても、それが予想外で起きる事故でもない限りそのほとんどの原因は普段からの姿勢であったり、重量物を持つときの腰への負担が増すような持ち方の連続等の積み重ねであることが多いと思います。

日本の戦時中の零戦エースパイロットであった坂井三郎氏が語るところによる「後部8割に要注意!」という戒めは、「氷山の水面上に見えるものの割の部分が存在するという事は、残りの9割の部分は水面下にある。」という事を示唆するものだと思います。

当たり前ですが、無意識というものは通常意識していないものを示すのであり

零戦エースパイロットのいう後部8割に要注意という戒めは、目に見えない氷山の水面下の無意識への再確認の重要さを唱える戒めとも考えられ

一般的に生活習慣は無意識に行うという事が多いということを考えてみますと、無意識におこなう健康に悪い生活習慣は病気の原因となる可能性を考慮すると

このような自分の生活習慣を定期的にでも見直すことなどは(エクササイズなどは自分の身体状況をリアルにフィードバックする)、車の定期的なメンテナンスと同様に自分の健康状態を維持する有益な考え方だと。

このような水面上に現れる意識を形作る無意識が成り立つプロセスの再確認は重要だと思います。

(補足)

しかしこのフロイトの唱える「無意識を土台にして意識は形づくられる」という論理をよくよく考えてみますと

ほんの数パーセントの小さな「意識」がなぜ、自分を支える大きな「無意識」のことを把握できるのかというジレンマが生じるような気もしますが….( ´∀)

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